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卒園して…

ようちえんの web アルバムを見返し、2年間の息子の成長を振り返る…つもりが、

自分の成長(というほど伸びてはいないけど)を振り返るみたいで、驚いた。

ワタシこのころこんなんだったなと、子どもの写真一枚一枚 にありありと思い出す。

 

ちょうど先日、出張はぐみぃ(未就園児クラス)にやっと顔を出して、体験に来られたお母さんが「お砂糖はいつから食べたらいいかな…」とか、「うちの子は歩いたのが遅くて…」と、一生懸命な瞳で我が子を思い、悩み、考える姿に、自分の5年前の姿を見るようで、「大丈夫だよ!!」と言ってあげたくなったのと同じ感じ。

 

私はなんだかずっと不安がっていたなあ。

森のようちえんでは、一人で遊んでいる子も「かわいそう」ではないし、その子その子のヤリタイやペースがある。

わかっていても、なじめていないのではないか?とか、他の子は滝でジャバジャバ頭を洗ったり、崖に登ったりしてるのに…とか、みんなで絵本を読んでもらってるのに前に出て行ったりして、空気読めない子じゃないか?

嫌われないか?

自分の子どものころに重ね合わせて、同じことを恐れてしまう。


でもアルバムには、水が苦手な息子T が、

はじめは長靴の先だけ

日を追って、だんだん川の深いところへ入っていくようすが、スタッフの応援コメントと共に収められている。

(ようちえんのアルバムは、スタッフが保育の記録として日々UPしてくれている。

その膨大な量と、一つ一つに添えられたコメントにはただただ感動する。

一日数時間の保育時間の中で、そんなドラマが同時多発的に、というか有機的に連鎖しながらあちこちで繰り広げられていることと、それらを見つめ、すくいあげ、共に感じてくれる眼差しにも。

これほんと本か映像になったらいいと思う)

 

息子はちゃんとやっていた。

淡々と 自分のペースで

T は T としていつも居た。 

しその葉っぱをけんめいに嗅いだり

濡れた服を干す場所を提案したり

ウォーター滑り台には絶対近寄らないけど、

はじけるような笑顔で杉葉を運び、

黙々と焚火に集中し 好きな人とランチを食べ

朝、お気に入りのモンペを選んで

S くんと川に葉っぱを流して、キャッチして遊んで

大きな木を引きずっている H ちゃんを手助けし

T が家でいつも一人でしている「レール遊び」。

9 月のある朝、登園時刻になってもやめないので「森でレールしたら?」と言うと、本当に朝の会で「森でレールしたい」と言ったそうで、木切れを並べているとほかの子がどんどんjoin してきて、長滝ひろばじゅうにレールが広がった。

お迎えに行くとすぐにスタッフ M さんが、興奮気味にその話をしてくれて。

初めてのメンバーで達成感あふれる集合写真を見たときはうれしかったな。 

I くんからカエルをもらったときは、I と息子 T の初からみ!とスタッフ C ちゃんが大喜びしてくれて

我がことのように感じてくれるスタッフにこちらが感動した。

 

そんな一枚一枚の写真を見直し

偉大な自然のふところで

少しずつだけど遊びはダイナミックに 人との距離はクロースになっていってる息子

がんばっていたんだな 楽しんでいたんだな

この楽しそうな表情を私は見れてなかったのかな…

 

時代や重いものの中で

ただ大事な家族を守りたいという思いからだけど

大きくて重いものは、私の目を見えなくする。

スタッフさんの言った「怒ることが悪いんじゃない。したことよりも、

その根っこにある思いが不安からだったら、根っこにある不安の方が子どもには伝わる」という言葉が忘れられない。

どうしてもナチュラが諦められなくて年中から転園してきた 2020 春。

入園式の翌日からいきなり2か月の自粛休園。スタッフはすぐにオンラインようちえんを始めてくれたが、私は森のようちえんでどんなことをしているか知らないのに、家庭で森のようちえんだなんて!!

他の子たちが、草花のたたき染めとか火おこしとか、森のようちえんっぽいことをしているのに、我が子にそういうことをしてあげられなくて申し訳なく…、もう家事を仕込むしかないと家事教えたり、とにかく毎日おむすび作って川や神社に出かけて食べた。

手探りの2か月。

でも考えてみれば世界中が手探りだったあの時期、(今に至るまでも) ここ(ナチュラ)にいたからこんなに輝く時間が過ごせたと思う。

不安と、春に向かう喜びの空気とが入り混じった、不思議な時期。

 

5月の終わり、ようちえん再開にあたり、初めて長滝の森に入った。

あの雨上がりの森の、においたつような緑の輝き、生命力あふれる美しさも忘れられない。

切り株の、水分をたっぷりふくんだ苔、顔を出したカタツムリ の、つやつやした触角がのびるさま…

身体感覚というものがある。

卒園が近づいた2月の終わり、たまたまお母さん当番や健一茶園さんへの遠足など3日続いて子どもたちと森で過ごした日があって、そのあとの保護者ミーティングで、深く自分の話をできた時があった。

あとでスタッフさんが、「森に3日間入ったから、自分の気持ちをすっと出せたのかもね」とぽそっとつぶやいて、

そうなのか!!とびっくりした。

森って…あらためてすごい。

そういえば、2年間森のでこぼこ道を歩き慣れたせいか、久々に公園の大型遊具で遊んだら、まっすぐな床と階 段からくる感覚にカラダがすごく「つまらない」と感じたな。(息子はローラー滑り台にキャアキャア喜んでいたが)

直線でできた建物でなく、有機的な曲線の森で過ごした二年間、体と感覚は正直に記憶している。

 

今、みんなと遠く離れた小学校に来て、入学式を終え。

手作りの式に心あたたまり、その感動を学校に伝えたくて、連絡帳でお礼の言葉を伝え、存外に先生に喜ばれた。

ナチュラではメッセンジャーグループで園も保護者 も毎日思いを共有していたので、その感覚が身についていて。

思いは伝えたほうがいいにきまってる。

風通しがいいほうが、世の中の不幸は減るに決まってる。

それも、森のようちえんで頂いた大事な感覚。

あらためて子どもの姿を見ならって、、、少し身軽になれた気がしている春です。

 

ありがとうみんな。じゃあまたね。

(↑写真は、自粛期間中、個人面談で初めて長滝ひろばに入ったとき。水が嫌いなはずの息子が「川を渡りたい」と言った。 好奇心が恐怖にまさり、きらりと瞳が輝いた瞬間。案の定滑ってこけて、スタッフ Y さんが、卒園児 K ちゃん に「T くん、川わたりたいんだって。どうしよう?」と言うとすぐさま K ちゃんが手ごろな岩を探してきて架け橋を作り、渡ることができた。ほんの短い時間だったが、森のようちえんのエッセンスを見た出来事。ここからTと川とのつきあいがはじまった。)

森のようちえんウィズ・ナチュラ季刊誌サステナme協賛企業様