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めだかと僕と時々オカン

Kは去年、父ちゃんと捕まえたメダカを死なせてしまいました。
餌やりは忘れることがあるので声をかけながら、水をかえるのは父ちゃんと一緒、一人でお世話はできないけれど大切に心を寄せていることは側で見ていてとても感じていました。
友達が遊びに来てくれたときに、そのメダカに餌をあげたいと言って皆んなに順番にあげさせてあげて…その結果水が腐って数時間でメダカは全滅しました。
その後のKの悲しむ姿は、見ていて私の方が辛かった。自分が選択したことだから自分で感じるしかないと思いましたが、ずっと心に残る出来事になりました。

そして今年、またメダカを捕まえに行きたいと言い出して3匹捕まえてきました。
去年よりも慎重に、丁寧に扱う姿をみて、私も嬉しかったのですが

翌日、餌をあげた後にその餌をそこに置いたまま、近所の友達のところに勝手に遊びに行って、その間に2歳の次男が大量の餌を全部水の中に入れてしまってドロドロの中をメダカがうめいていました
友達のところに勝手に遊びに行ったことも、(今は遊びに行かないようにしようと今までに何度も話し合っていたし)、餌をそのまま置いていったことも、無茶苦茶腹が立って母ちゃん大爆発でした。
その直後次男が水槽をひっくり返して慌ててメダカは別の水槽に一時避難させてから、散々怒りたおし…コロナのこと、お片付けのこと、命のこと、全部繋がっているように感じるけれど、私自身の頭がまとまらないまま論点はブレまくり、そうじゃないよなと思いながら母ちゃんの散らかった話は続き、その後Kはどうする?と無茶振りで聞いたところ、「メダカをかえす…」長い時間考えてその答えを出しました。

その答えを聞いて私は、耕大の心の柔らかい大切なところに傷をつたんかなぁと後悔。
ちゃんと餌もお片付けするからお世話したいと言うだろうと勝手に期待していました。

コロナの話をしながら、しばらく施設に入っているおばあちゃんに会えていなくて寂しい気持ちやったり、近所の子ども達と遊ぶことに対して悩んだけど自分なりに決めてKと話し合ったことが伝わらなかった悲しさとか、自分も子どもの時に不注意から死なせてしまった数々の動物のこととか、何回も同じこと注意されても全く親の言うこときかなかった子ども時代の自分のこととかたくさん気持ちが出てきて、Kにそれらしい言葉を並べてお説教をしている自分に違和感ありまくりで嫌になりました。

今朝起きたら「~と約束したから、母ちゃん写真だけ撮ってほしい。」と言うので、撮ったのがこの写真です。慈しむような、別れを惜しむような背中、そんなKがむちゃくちゃ愛しかったです。
本当に良いの?と聞くと、Kには育てられないから、返してあげるわ。とはっきり言ったので、寂しい想いはありましたが私も腹をくくって任せることにしました。父ちゃんとメダカを
返しに行って、帰ってきたら、「母ちゃん…ごめんな…」と半笑いで。

「川に返しに行ったらメダカがいっぱい泳いでたから、7匹持って帰ってきちゃってんー笑」とのこと笑。おまけにザリガニも1匹プラスされて…何故かホッとした私でした。
この夏もメダカ騒動で私も心揺さぶられる予感。。

本人は「返しに行ったのに、増えて帰ってきたなー!ザリガニも!」と大爆笑でした笑
やっぱり彼は私の何歩も先を歩いてる。

こういうときどう声をかけたら良かったのか、ここで課題となる本質的な伝えておきたいことって何やろ。とか答えが出なくてモヤモヤしている母とは違って、Kはそんなこと屁でもなくてまた次の課題へと取り組んでいるのが本当に眩しい春です。。
メダカさん、毎年お世話になります。つづく...